C.E.C HD-53

| 今の食卓の煮魚は味が死んでる。 死んだ魚味しかしない。 魚が今の人間に食べられたくないから? と猫が言ってた。 今の人間は魚を食べる価値がないやつばかりなのは確かなことかもしれない。 アイヌでは熊が人間が餓死しそうなとき自分が集落へ降りて食べられにいく。 人間がいただきますと心に思わないから、今の魚の味は冷たいのだろうか。 そんな食べ方で魚が無駄に死んでる 脳髄が一番うまいのに、みんな食べ残す クジラはまなこから尾まで食ってるのに |
| 川では水浴びをする。水浴びをすれば川のことがわかる。川はただ流れるだけ。馬鹿に重い自我を川の流れに流す。かんながら、重苦しい思念をカットダウンしていくとやがて鳥になる。視力3.5で目ざとくみつけた「ます」がおいしい。御魂は五観の偈。人間は自然であれば葉脈の流れのように擦弦楽器の響きのように自然と繊細になっていく。川の神もいうに、みんなが幸せならばそれでいいけん。それにより間接的に自由になれる。霊性の清らかな祈りを水浴びして呪いは川に受け流すを無限に繰り返せばサガがほんわりとしたオーラとなり行き場は空想の中、そのオーラのもつ振動は空想の現実化に費やされるがままに背中から羽が生えてくるのであった。空は我の自由になる。思う通りになる。融点も。池の表面に氷が張るが魚が泳ぐのを透過して見るためにマイナス4℃では液化。大地には石がころがり骨董は木を薫らせて星の降る庭に降りた雀たちの夢が集まっているとき、そのときを、遊んでばかりの日本の神たちが見逃すはずもない。誘いに行くまでもなく、ひそかに鳥化して遊んでいる。 |

