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最近感じた事・・・
1 名前:杉ちゃん 2003/11/24 11:16
昔から「オーディオマニアは必ずしも音楽ファンでは無い」と言われて
きましたが、最近その思いが強く感じました。

或るハイエンドマニア宅にお邪魔したときのこと、私が、いつもお聴きになる音楽は?・・・と尋ねますと、そうですね〜ジャンルは特に有りません。強いて言えば「SPの限界に迫るようなソースが好きです」?

私は、この返答を聞いたあと帰り支度を始めました。この人は、音楽を
聴く為にオーディオを趣味としているのではなく、オーディオそのもの
が趣味であり、音楽はオーディオを動かす燃料みたいな物としか考えていない。
オーディオはそんな目的のために作られた物なのでしょうか?
私は、違うと思います。オーディオは、いつ何時にでも好きな作曲家の
好きな作品を一流の演奏で聴けるのがオーディオの目的だと思いますが
それに、おなじ聴くならより良い音で聴けるように装置にお金をかける
のが、オーディオマニアたる存在理由だと思うのですが・・・・
決して、戦車砲の発射音やジェット機の飛行音をリアルに再生するために作られたのでは有りません。(中にはそれがオーディオの醍醐味だ!
と言う人も前記のようにおりますが)

私は、何千枚もCDやレコードを所蔵していて、いつもミニミニコンポ
(それも安い物)で聴いてらっしゃる音楽ファンも、イビツと思いますが、そこそこの装置(実売100万以下)で多くの音楽を聴かれている
オーディオマニアに好感を覚えます。そして、オーディオを好き以上に
音楽を聴くことが好きな人でなければ、益々変なオーディオマニアが増えてゆくと感じた次第。

2 名前:tukipie 2003/11/25 16:44
音楽の感動が深いからオーディオに感謝できる。厳密にいうとオーディオの再現の深さが音楽の深度に追いついた分だけ、オーディオは人間に感銘を与えることが出来る。でも二次関数的な相乗効果としての捉え方は表面的でそれらがもつ実質に比べて浅はかなので できれば互いは一つだと考えたい。オーディオが素晴らしいから音楽が素晴らしく音楽が素晴らしいからオーディオが素晴らしいのである。

3 名前:杉ちゃん 2003/11/25 13:26
tukipieさんこんにちは、杉ちゃんです。
>オーディオが素晴らしいから音楽が素晴らしく音楽が素晴らしいから
 オーディオが素晴らしいのである。

・・・む・む・む、確かに理に適った回答である。
しかしである、音楽が素晴らしいからオーディオが素晴らしいのは、このハイエンダ―には、当てはまらないような気がするが・・・笑

つまり、ガラスの割れる音とか戦車砲をぶっぱなす音は、如何聴いても
楽音には感じないのですが、だから、これらの音が正確に再現出来ても
はたして音楽を聴くのに最適なSPだと言えるでしょうか?

その昔、ステレオが発明された時エフェクトソースが持てはやされました。機関車が右から左へ突っ走る音とか、飛行機が頭上をかすめ飛ぶ音
など、しかし、それが音楽的再生装置のレベルUPにどれだけ貢献したか?と問われると、如何でしょう・・・

4 名前:tukipie 2003/11/25 17:09
ヨーロッパのスピーカーは耳で、日本のスピーカーは物理特性のデータで作られるなどとよく聞くけれど、ハイエンドは一般的に後者ですね。高度に積算されたデータはそれ自体スペクタクルだけれど音楽に貢献するかどうかはまた別でしょう。解像を三次元的に限界まで広げてゆこうとすれば自然音のダイナミズムに近づけるけれど、音楽は噪音ではなく、(各部分音の振動数が基音の整数倍関係で互いに調和的比率を構成し、従って音の高さが明確で音階や協和音を構成し得る 『音楽辞典』音楽之友社) 楽音によって成り立つものなので(環境音楽とかクラスターなどあるけれど)二次元的なハーモニーのほうが重要ですね。
感性的に音決めされたものはどれも強い個性をもっていて音楽が豹変しますが、ここに音楽オーディオの醍醐味があります。

5 名前:水野 2003/11/25 17:37
音に感動する人の為にあるのがオーディオの基本だと思います。

あの空間に包まれる感じやボーカルの存在感に「凄い、、」って思えた人がオーディオに傾倒していくんだと思ってます。

ヘッドフォンで聞くものにはこだわりませんが、スピーカーで鳴らす音楽は現状のオーディオであの「空間に包まれる感じ」が体感し辛い音楽はあまり聞かなくなります。

もちろん好きな音楽の中からの選択肢ですが、オーディオマニアは機械オタクでもあり、「そっち」の領域に行ってしまうのはわからなくもないです。

それ用の部屋を作ってしまうほどハマってしまった人にはある意味「純粋に音楽を聞く」というのとはまた別の領域でオーディオが存在してるのだろうと思いますです。

>>1で書かれてるハイエンドオーディオマニアの人は最近感動した音楽に出会ってないのかも知れません。

絶対に最初は音楽マニアだったはずなんですから。

自分もスピーカーで鳴らした音の感動と、純粋に音楽への感動がごっちゃになってる気がします。

果たして自分は"この音楽"が本当に好きなのか?

最近の癒し系と呼ばれるジャンルの楽曲は録音の良いものが多いですが、ディープフォレストやアディエマス、エンヤなどは耳心地の良い録音の楽曲ですよね。

クラッシクやジャズなども鳴らして心地よいジャンルの一つです。

つまり、、、なんというか、、「好きな音楽」と「耳心地の良い楽曲」というのは"最大公約数"の様に重なってる部分がかなりあって、ハマる音楽がない時は「耳心地の良い楽曲」の方に片寄ってしまうのだと推察しました。

でも杉ちゃん様のお気持ちは良くわかります。

ぼくはオーディオにも音楽にも情熱がまだまだだからこういった意見です。"

6 名前:tukipie 2003/11/25 18:10
水野さんはあたたたたかいですね

7 名前:tukipie 2003/11/25 20:06
>体感し辛い音楽はあまり聞かなくなります。
ですね。また反対に、僕はNautilusでクリスタルケイとか女性ヴォーカルのよさを知りました。「ラジカセの普及が世界の音楽感性を低下させた」と言っている人がいたけどそうではなくて音楽感性を向上させるのがオーディオです。POPSに対する鈍い感性を、Nautilusのポテンシャルが通常レベルまで導いてくれた感じだ。
>ハマる音楽がない時は「耳心地の良い楽曲」の方に片寄ってしまう
音楽が枯渇してしまわないよう発掘しつづけることも大切ですね。森の中を彷徨うように知らない世界で溢れているのだから。
>自分もスピーカーで鳴らした音の感動と、純粋に音楽への感動がごっちゃになってる気がします。
僕もオーディオのことを考えている時点で、「純粋に音楽を聞く」というのとはまた別の領域でオーディオが存在しているのかもしれません。どうも純粋に音楽に感動してもオーディオに感動しているような。口ではわかっていても同価に捉えるのはなかなか難しいです。

8 名前:水野 2003/11/25 19:24
生演奏にしか興味のない人がいます。機械への興味がない人だったり、人の演奏してる姿や、その空間自体が好き、、楽器が好き、、

音楽への興味の持ち方は人それぞれなんでしょう。

モノラルのラジオでも、日本の"詩"を重んじる楽曲に耳を傾ける人は沢山いました。いや、今でもいます。

それは音ではなくリズムや声に出る感情、、、

ビートルズの時代には当然ラジオで聞いて、音楽を仕事にした人も多いです。

ならオーディオを得た場合、なにが追加されるのか。

臨場感や生っぽさであって、やはりそこにプラスされるのはリアリティーという"音"の楽しみだと思います。

もちろん音楽をより良く楽しむための道具であって、道具を楽しむために音楽がある訳ではないんですよね。

でもやはり"道具"の楽しみも人それぞれですよね。

全部ひっくるめて「音」の楽しみ方だと思いますし、

オーディオもその一つに過ぎないのだと思ってます。

tukipie様のおっしゃる通り、音楽を発掘し続けるのは音楽を積極的に楽しむ上で重要ですよね。まだまだ沢山あるんだという事すら忘れている事に気付いた次第です。

9 名前:tukipie 2003/11/25 21:47
あたたたたかい意見ですね。
そして核心をついた答え。オーディオファイルは音に対して近視眼的になりがちで、深入りするほど包括的な物の見方から遠ざかってしまいます。

10 名前:水野 2003/11/25 21:46
う〜〜ん、、

単に曖昧なのが好きなんでしょうw

鋭い感覚と飽くなき探究心を持たなければハイエンドオーディオの良さなんてわかりませんから、わかる人は皆凄いと思うのです。

11 名前:tukipie 2003/11/25 22:07
そうかな、むしろハイエンドのほうがわかりやすいですよ。
水野さんの今のグローバルなスタンスはいいと思います。

12 名前:Moca 2003/11/26 01:18
20世紀、Audioの発達史は、一つは、名演奏の記録、
もう一つは、映画におけるトーキーの登場といった2つの側面があります。
特に、その発展段階の初期には、映画産業との密接な関わりがあり、
有名なスピーカーのブランドは、全てここが原点といって過言ではないでしょう。
その役目は、映画のシーンに音を付ける事以外には何もありません。
つまり大砲が咆哮をあげる、蒸気機関車が驀進してくる・・、
これらをリアルに再生する事こそが機器に課せられた一番の使命だったでしょう。

他方、一般家庭で音楽をより実演に近い臨場感をもって再生する行為は、
第二次世界大戦後にはじまったHi-Fiの歴史と言えるでしょう。
音楽愛好家であり、オーディオファイルである人達は、
如何にすれば演奏会場で聴いた感動を自宅で再現できるかに努力を惜しみませんでした。

オーディオマニア(この表現は、良くないのですが。)
と呼ばれる人たちの中には、先にあげた大砲の咆哮を大音響で再現して悦に入る人たち
もいます。
これらの趣味を否定するつもりは全くありませんが、
所謂音楽愛好家と同じ趣味の範疇に入れてしまうのは、問題があるようにおもわれます。
どちらも、オーディオという仕掛けに関わる事に関して共通項をもっていますが、
その因って立つ土台の部分においては全く異質であるとしなければ、
色々な誤解や偏見を生むきっかけになりかねません。

13 名前:水野 2003/11/26 03:04
杉ちゃん様の仰りたいのは、音楽を聞く為にハイエンドを追求した挙げ句に、そのハイエンドの為に音楽ソースを選び、結局「このオーディオの性能を引き出してくれるソースならなんでも良い」的な考え方は本末転倒!と言うことなんだと思うんです。

ぼくの論点もズレちゃいましたが、機械の魅力が音楽そのものの魅力と入れ代わってるのがオーディオマニアには多く見られるのが嘆かわしいというところではないでしょうか、、

Moca様の御意見はAV派とHi-Fi派は根本的に違うということですよね?
音質の追求する方向性は違うと思いますが、ぼくはオーディオでも音楽の最中のドンとかチンとかサウンドエフェクト的なものが好きでライブ音源の拍手や弦の擦れる音にも魅力を感じます。

それほど垣根を感じないのは浅いせいなのでしょうか?(汗)

14 名前:杉ちゃん 2003/11/26 13:06
水野さん、こんにちは杉ちゃんです。

水野さんは温かくて、ナイヴーな方ですね、私もこれ位の心を持っておれば、帰り支度をしなくても済みましたが・・・・笑

まあ、職業に貴賎が無いのと同じように、オーディオ装置に掛けるソースも貴賎が無いのですが、装置自慢に使われたらタマリませんのです。
次から次とエフェクト音やガムラン音楽もどきを聴かされると、装置の
良さよりもオーナーの頭の中を心配します。
確かに、大砲をぶっ放す音が実スケールで再生出来れば、楽音なんてチョロイもんさ・・・。と言う考えが読めるのです(その方の部屋では)

話は飛びますが、レイフスのヘクラ(火山)と言う作品がありまして、この曲をダイナミックに再生出来ると、装置自慢する友人がおります。
しかし、その友人の装置でシベリウスの弦楽セレナードを掛けると、ツルンとした楽器の質感が感じられない・・・・何と表現すれば良いのか
そうそう、測定器で聴くような感じなのです。

何故なのでしょうか、オーディオ装置はそのオーナーの気質を表すと言います。(特にSPは・・・)
長年、ハードなソースで鍛えられたSPは、与えられた音は全て完璧に再生する。その間にはSPが持っているキャラクターなんて押し殺されるのです。
反対に、長年、音楽ソースで鍛えられたSPは、SPが持っているキャラクターが加わり、楽器の荒さなども表現出来るのです。

まあ、この辺は30余年間ピュアーオーディオをやってきて、肌で感じるのですが・・・・

15 名前:Moca 2003/11/26 16:08
水野さん、
私の場合、オーディオの仕掛けとしては、
Dレンジ、Fレンジともにワイド志向で、しかも音場主義です。

>ライブ音源の拍手や弦の擦れる音にも魅力を感じます。

これも、同感!
ただ、装置が同じでも、再生されるソースが全く違うのは、
その人のいわばオーディオに対する基本姿勢で、
この事に関してお互いの意見を主張しあってみても、
あまりいい結果を生み出せないようにも思うのですが、
というのか、大爆発音や飛行機の音がリアルに再生されても、
凄いですねえ〜、で終わってしまいそれ以上の話題が続かないような気
がしてしまいます。
(映画を見る場合のサラウンド音場がらみはまた別の話、
音だけでそれをやられてもなあ・・・。)

所で、私は、これとは別に古いモノラル音源用にわざとナローな
仕掛けも作っています。
デザインなんかも出来るだけその時代っぽい作りです。
これらは、その時代の雰囲気も含めた音で再生された方がより魅力的
に感じられるわけでして・・・、
いわば、こういった嗜好も含めたものが、
私のオーディオにたいする考え方です。

16 名前:tukipie 2003/11/26 20:38
>>14
趣味やイデオロギーが音に顕れるみたいで面白いですね。
振動板は薄いし動的なものだから、波形が繊細か丸いか、振幅が小さいか大きいかなどなどソースに感応しやすいのだろう。そして極限にまで軽いものを理想としているので煙草にも長年にわたって影響を受けそうだ。また、それに反比例して充分な強度の持てなかったものは湿度や熱のエネルギーに侵食されやすい。経年変化したDIATONEのB4Cドームは爆音で鳴らしたら割れてしまうようですね。振動板だけでなくマグネットの電磁的波形などもあるかもしれません。そんな感じにユーザーの基本的な姿勢に近づいてゆくのでしょう。長年電子音など鳴らされてきたスピーカーがクラシックを鳴らせないというのは管弦楽を紡ぐ音がそれらとアルゴリズムにおいて対極にあるからだと思います。
ただ性向は変わってもスピーカー元来の性質までは変わりません。ヴァイオリンは擦弦楽器でソロでも繊細で複雑な波形を持つのに、シンフォニックに合成されるとどんなに分解能の高いスピーカーであっても対応しきれません。だからうまく融解し音楽的に調和した聴こえ方をするオーディオが交響楽にとっては好ましい。これは耳で作るという部分でしょう。
微塵にも汚れた響きを出さないよう精神集中する演奏家達の音楽魂とは食い違いますが、僕の場合オーディオ装置で管弦楽を快く聴こうというより苦しくなく聴きたいというのが先立ちます。AURAやCREEK、SPでいったらDALIとかB&Wの700シリーズが交響楽に向きます。ただこれらを組み合わせるとゆるゆるになるというケースもありますが。今使っている国産+Nautilusはその反対で (僕の部屋が面積の割に天井が高いというのも効して)交響楽がきついです。その反面ジャズやポップスには圧倒されます。噪音もリアルに再現できるでしょう。
でも水野さんのいうとおり音楽そのものの魅力をないがしろにしてはなりませんね。また、Mocaさんのいうとおり全体的な雰囲気、それに煥発したモチベーションが大切ですね。交響楽が本当に聴きたいときには何も言わずに聴けるのだから。

17 名前:水野 2003/11/26 20:47
いや、、率直にオーディオの入り口から羨望の眼差しで覗き込んでる自分なりの意見をぶつけてみましたが、みなさんの方が懐の深さを感じます、、、

垣根はやはり人の方にあるのですね。その人に構成されてゆくシステムや影響されるスピーカーなどに相容れない領域が存在しているもわかった気がしました。

エフェクト音などの楽しみを持っている人の存在は入り口にいるとさっぱり見えてきません(汗)

でも端で観てるぶんには面白いなぁ、と思ってます。付き合わされる人はきついかもしれませんが、、w

動物好きでも犬好きと虫好きくらい距離がありそうです(笑)

Moca様の言う嗜好的な要素は、ハイスペックな機械に極限の音源を再生させてる人達にはない部分かもしれませんね。

そういえばぼくは紅茶やその器には貧乏なりにお金かけてます。
食べ物にはこだわりはないのですが、嗜好品には投資を惜しみません。

ひょっとするとオーディオファンは嗜好的な物が好きって事なのかな、、?

それは空気感?空間演出にも魅力を感じます。

間接照明や部屋の雰囲気には周りの人の誰より気を配ってます。

そうか〜、、嗜好派な人間。空間演出が好きな人はオーディオファンだったりするのかな?

お世辞にもいい部屋には住んでませんが、精一杯背伸びしてます。

趣味の影響は親父の影響が全てといっていいくらいで、親父はラックスマンの管球式のアンプとタンノイのスピーカーを物心ついた時から愛用してました。

ああ、本題とズレていってる、、

とにかくまた少し見識が深まった、、気がしますw
また時折鼻息荒く青臭い疑問をぶつけていきますのでヨロシクですw

18 名前:tukipie 2003/11/26 21:22
>それは空気感?
そうかも、僕は空気感をファンダメンタルな音が親和性をもって(倍音ではなく)行間に顕す音、ふんわり感とか微粒子のことだと思って使っていた。それには空間音(=音が現象的に発音体への局所的定着性を失い、漠然と広い空間にみなぎって聞こえる状態をいう。発音体に定着している場合の物音または対象音と対照的に用いられる。『音楽辞典』音楽之友社)という列記とした楽語があるので、空気感というのは空間の演出性のことだったかもしれない。
オーディオの表現は抽象的だからわけわかめ。

19 名前:tukipie 2003/11/26 21:49
あと「波音」というのは海の波の音のことで、「基音」というのは発音体が振動するときに一番振動数の少ない部分音のことのようだ。思い込みで言葉を使っていることが多いです。ちなみに倍音とはその基音をもとに整数倍の振動数をもつ上音のこと。
「ファンダメンタルな音」と、「音の波の形」だと思いこんでいた波音を表現する語が見つからない。波形でいいのですか?デジタルチックですけれど。
僕も紅茶とか好きです。アルコールは飲めませんが。水野さんの時間はピュアに充溢してますね。間接照明とかこだわると面白そう。

20 名前:tukipie 2003/11/26 22:20
オーディオにこだわるのは中学校のころ使っていたラジカセが苦しくて、そのフラストレーションがもとになっています。親父の影響とか部活ではまったとか、そういう美しい背景が僕には乏しいです。水野さんがうらまやしいです。今までいろいろと趣味を持ちましたがオーディオの場合は単純に深さに引きずられて長続きしています。カメラにこだわったこともありますが、撮影するのに味わい深いもの、オーディオにおける音楽が枯渇して、そのうちに遠のいてゆきました。

21 名前:水野 2003/11/27 01:15
tukipie様はバックボーン無しにオーディオに魅了されていったのですか。

そうか〜、、  色んなハマり方がありますよね。

ぼくは、趣味においては長続きするものを選んでます。

釣り、自転車、お茶、、等です。

カメラも安い一眼レフを買って安い中古のレンズを幾つか買いました。朝焼けの青と赤のグラデーション、夜景の輝き、、

ある程度は好きな写真が撮れて満足もしましたが、手持ちのレンズの限界と通常のフィルムで自分の目で観てる夜景の印象との違いなどで撮りたいものが減って行きましたね。

こうやって趣味を並べていくと、結構ありきたりなロマンチストなのがわかりますね(笑)

たぶん自分が部屋で演出しようとしてる空間は、漠然と憧れてた「大人の世界」なんだと思います。

紅茶は「ほっとする時間」を演出してるのだと思いますが、これは母がくれた時間の価値観です。

親や兄弟とは縁を切ってしまっていますが、内面では親父や母のイメージに包まれたいと思ってるのかも知れません。要はまだ子供なんでしょうね。

でも紅茶はピュアオーディオに近いものがあります。

産地によってクセがあり、善し悪しとは別に好き嫌いが存在していて、好きな味を求めてひたすらいろんなメーカーの紅茶を買い漁ってます。
値段が高ければ美味しいとも言えず、でも途中で好きになったりもします。スーパーで売ってる紅茶でも十分バランスのとれた味と香りを持ってるお茶もあり、まるでオンキョーの4万くらいのレシーバーがSX-V1を意外にそこそこ鳴らしてくれたりするのに似てる気もします。

音の表現てのは物理的な専門用語と人の感覚的表現の用語があって、まず耳であらゆる違いを把握してから当てはめていく様なものですから、使うのも大変です(汗)ぼくは専門用語は漠然と詠んでおります(笑)もちろん使い方も結構曖昧です、、(汗)

22 名前:tukipie 2003/11/27 14:09
水野さんの存在感には心癒される。
心情の清らかな人、あるいはそれを衒った人間にしか見られない言葉がある。母がくれた価値観か、僕の場合は健康オタクなところかな。
紅茶は詳しくないですが水の違いはわかります。こういうのはわかりはじめると楽しいですよね。フランスの硬水にContrexというのがあって、初めて口にしたときはうわなにこれ、飲めないと思ったけれどこの異様な味がはまると抜け出せないものだ。これで紅茶作るとまずいです。でも紅茶の種類によってはContrexの成分をうまく引き出せるものもあるかも。
フイルムカメラの一眼ですね、写真への接し方とか廉直だと思いました。
僕はデジタルカメラの発展途上の色再現に感慨を覚えて、「なぜデジカメの風景は、ただの風景なのにひきつけるのか。それは現実の色とズレた世界だからである。ハイフィデリティーなんて次元ではなく忠実に現実そのものであったのなら、なんの面白みもないだろう。色の鮮やかさとか、ハイコントラストなメリハリ、あるいは色の鈍さとか単調さ、そんなマイナスポイントすらもときとして現実を超えた美しさに繋がる。」なんて病気じみたこと考えていました。
ONKYOいいですよね、D-77系列に引き寄せられる。ONKYOの3WAYはどうしようもなくもわもわしてるけどそのパースペクティブには均整がとれている。あの抽象性は芸術だと表現してもいいや。
僕の趣味は基本的にそんな風です。

23 名前:杉ちゃん 2003/11/27 17:44
tukipieさん、ちょっと横から失礼します。

>ONKYOいいですよね、D-77系列に引き寄せられる。ONKYOの3WAYはど>うしようもなくもわもわしてるけどそのパースペクティブには均整が>とれている。あの抽象性は芸術だと表現してもいいや。

ONKYOのD−77で貴重な体験をしたので、ちょっと書かして貰います。
それは、9月に大阪阿倍野に遊びに行った時のこと、あるJAZZ喫茶
確か「ハイファット」だったと思う・・・薄暗い店内に入ると、NYトリオの「過ぎしシ夏の想い出」が、す〜ごっく、良い音で鳴っていた!
さぞかし素晴らしいSPで鳴らしているのかと目を凝らして見てみてみると、なんとD−77ではないか!!!。
こんな、安い(失礼!!)SPからJBLもALTEICからも出せないような良い音が出るなんて・・・・SPの前で、しばしフリーズ状態
でした。笑
目が慣れてくると、カウンターでディスクを掛けてるマスターみたいな
オッサンが目に入ったが、それはそれは胡散臭いオッサンで、「どや、良い音出しとるやろ」と言わんばかりの顔。

しかも、よくよく見てみれば、そのSPは右が横置き、左が縦置きと言う変則設置!それでいて、あたかもNYトリオが生出演しているような
音場を再現している。
私の、今までのオーディオセオリーは、何だったんだろう?と感じました。
思い切ってマスターにSPのことを問うと、「SPなんて所詮ダイナモ
さ、電気信号を音に変換する機械に過ぎない」 「要は、その機械を楽器のように鳴らすのは、それを使う人間次第さ、毎日毎日JAZZを鳴らして、少しつづ手を加えるとポン置きのJBLなぞより良い音はするわな・・・」とタバコをくゆらせて語ってくれた。
確かに、そのD−77はこれ以上サワルとこが無いくらい、対策&チューニングが施されていた。

やはり、良いSPとは使い手によるのでしょうか?・・・貴重な体験を
したお話。

24 名前:水野 2003/11/28 03:05
水と紅茶、、

アンプとスピーカー、もしくはソースとスピーカーみたいな感じですねw
紅茶は軟水が基本なので、茶の文化が栄えた日本とイギリスの水は軟水なんです。

親父のスピーカーシステムはタンノイの単体ユニットを自作のキャビネットに組み込んで10数年使用してました。

中学の頃、JBLのウーファー、タンノイのユニットはスコーカーに流用、パイオニアのリボンツィーターという構成のシステムに変更されました。

その時分配機みたいなものの基盤に抵抗器を付けたりしながら、音を出しては、おれに『どう?』と聞いたりして、『う〜〜ん、、中音はもっと抑えていいんじゃない?』的な事をほざいてました(笑)でも内心は「基盤いじれるんだなぁ、、」と感心しながら眺めてました。

なんというか、、楽器をチューニングするよにスピーカを調整できるのって、、気に入ったオーディオと長く、そして楽しく付き合えそうで羨ましいですよね。

東京にこだわりのアンプを作る人の喫茶店があります。

http://www.shu-ks.com/zakki/zakki4.html

↑ここのサイトを読んで頂きたいのですが、ここに出てるアンプを作ってる人は、機械好き、音好きを極めた人間、、もしくは"音"に選ばれた人間の様に思います。

ここまで「音」が人を魅了するというのはなんなのかと思うばかりです。

、、、ところで癒されてるのはこちらもですw

いつも暖かいお返事が嬉しい今日この頃です。

25 名前:tukipie 2003/11/29 01:14
>「要は、その機械を楽器のように鳴らすのは、それを使う人間次第さ、毎日毎日JAZZを鳴らして、少しつづ手を加えるとポン置きのJBLなぞより良い音はするわな・・・」
かっこいい台詞だなぁ。
D-77自体は聴いたことないけどあれでそんなJAZZが鳴らせるのかいな、存在感引き出そうと思えばなんとかなるかもしれない音だけど・・・。職人ですね。
>『う〜〜ん、、中音はもっと抑えていいんじゃない?』的な事をほざいてました(笑)でも内心は「基盤いじれるんだなぁ、、」と感心しながら眺めてました
生意気でかわいい中学生だったんだね。
自作できれば広がるだろうなぁ。「無線と実験」読んでもさっぱりでしたが。その管球アンプ作ってる人も仙人ですね。
JAZZ喫茶まだ行ったことないなぁそういえば。村上春樹の世界でしか知らない。
COZZOというところは行ってみたいな。
それにしても杉ちゃんはフィールドワークが、水野さんはバックボーンが豊富だなぁ。
経験と想い出は机上では手に入らないものなので大切にしていてほしいです。

26 名前:通りすがり 2004/01/09 22:11
僕は、音楽ファンであると同時にオーディオファンです。
音楽を通じてオーディオの魅力を知りました。
基本的にはオーディオは手段であって目的とは思っていません。
では、生演奏が一番かというと、そうとも限らないと思います。
録音された背景、時代を感じながら聴く楽しみもあるからです。
ですから、リマスターはあんまり歓迎出来ません。
パソコンとの違いの一つに、オーディオは新製品が最もすばらしいとは限らないということがあります。
スペックがどうあれ、その時代の音楽にあった再現装置というものがあるのがオーディオだと思いませんか。
つまり、単なるハイエンドマニアと音楽を聴く者との違いは、
今ある音のリアルな再現を求めるのか、
それとも、過去の音のそれを求めるのかにあるようにも思います。

27 名前:杉ちゃん 2004/01/10 00:28
通りすがりさん。
なるほど、その時代の音楽にあった再現装置というものがあるのがオーディオだと思いますかぁ〜。
クラッシックなら如何分けましょうか?、ワルター時代の真空管、バーンスタイン時代のセパレートステレオ、カラヤン時代のデジタルステレオ・・・ラトルのハイビットデジタルなど考えると面白いですね。

私は、ハイエンドマニアと音楽(レコード)ファンの違いは、その音楽
を聴く態勢の違いにあると考えます。
つまり、同じCDを聴くにしてもハイエンダーはリアリティーを追求しますし、音楽ファンはその作品の解釈に神経を使います。

ですから、ハイエンダーは機械にお金をつぎ込むし、音楽マニアはCD購入にお金をつぎ込む、・・・まあこんなとこでしょう。

28 名前:tukipie 2004/01/10 01:15
こんばんは
僕もオーディオのほうが後ですが、まぁオーディオが先ということはありえませんが、やがて時間が経過して音を追求するようになったらオーディオマニアと言えて、音楽側にウエイトがある場合は音楽ファンだと思います。
その時代の音楽にあった再現装置というのはオーディオが手段として留まっているし、音楽ファンの究極のところですね。

29 名前:通りすがり 2004/01/10 18:52
>>27
通りすがりにまでレスを下さってありがとうございます。
こちらの書き込みはたいへん高尚なので、たいへん刺激になります。
僕は音楽ファンですが、正直言って、作品を解釈するほどのスキルはありません。
ただ、聴いて「いいな〜」と感じたり、感激したりしています。
例えば、ワルターの悠然としたブラームスを聴きながら、その時代にトリップするのです。
ところが、デジタルリマスターとかで妙に現代的な音にされてしまうと拍子抜けしてしまうのです。
皆さんはそんなことってないですか?

30 名前:杉ちゃん 2004/01/11 20:22
通りすがりさん、
>僕は音楽ファンですが、正直言って、作品を解釈するほどのスキルはありません。

私は、そのように見えません。この板のカキコを120倍理解されてる
と思いますし、それだけのスキルも持ってられるように感じます。
何故って、私自身が音楽ファンであり、大概のサイトに書き込む場合あなたのような書き方をしていたからです。

31 名前:tukipie 2004/01/11 21:24
>ワルターの悠然としたブラームスを聴きながら、その時代にトリップするのです。
>ところが、デジタルリマスターとかで妙に現代的な音にされてしまうと拍子抜けしてしまうのです。
その時代にトリップするには絶対音感が必要で善悪や美醜にもこの絶対音感というものがあるんですが抽象的になってもバランスを保つのがそれである種の波長にかっきりと同調するからすごいんだと思います。だからそこから外れたら醒めるんでしょう。
こんなこと書いたらオカルトに思われそうですがそのトリップというのは神懸りとも言い、時代錯誤なズレではなく宿っているものなんです。僕は神性というものを通過して(今消えかけてますけど)人間には共通の個性があることを知って、独創力とはズレではなくそのコード上にあるものだったんです。音感が噛み合えばそのコードに便乗して音楽が動的に広がってゆきます。
作品の解釈というのも地図帳でも頼りにして得られた小宇宙の共鳴のことで、これがなければ観念的なものですぐに消えます。小林秀雄が言うには解釈を拒絶して動じないものこそが美しいようです。音楽なんて解釈で捕まえられるものじゃないね。

32 名前:tukipie 2004/01/12 00:00
またどうしようもないこと書いてました
僕のことはきにしないでね きにしないでね

33 名前:通りすがり 2004/01/12 22:44
>>30,31
このスレッドを立てた主旨に共感するあまり、調子に乗って投稿させて頂きましたが、音楽を愛する方々の暖かい心に触れた思いがして大変うれしく思います。
ところで、確かに音楽の本質は、共鳴かも知れませんね。
ある有名な指揮者の「音楽の感動はオーケストラと客席の間にこそ発生する」という言葉を思い出しました。
この言葉を残した指揮者の後任者は、これと対照的に、全てを自らの手でコントロール出来るという考え方の持ち主でしたが、私は前者の音楽に惹かれました。
音楽を創り出すのは人間ですが、一旦人の手を離れると、何かしら神聖な力を与えられて、人の心に共鳴することで永遠に渡り歩く音楽の持つ不思議さ、魅力を感じているからです。
そして、そんな音楽に共鳴してくれるオーディオだったら素晴らしいですね。

34 名前:tukipie 2004/01/12 23:12
素晴らしいですね。
神聖な力ね、神との対話です。神とは抽象名詞ですが。共通の個性から外れたらちょっと力がないね。
最近は自分の表現を突き詰める時間がなさすぎてシステマティックになっているらしく(単純にスタジオだからかな)、濃厚な個性をもつ演奏が好みだと録音が古くなりがちですね。ただ僕は正直古い録音はちょっと苦手です。もっと寛容になれたらいいと思いますけど。
最近までライブ録音もだめでした。ムラヴィンスキーのショスタコの第四番の録音で感動したんですけど。この人は自らの手でコントロールするというタイプの指揮者かも、「ショスタコーヴィチの真摯な訴えが、一切の感傷を殺ぎ落とした迫真の描写として迫ってくる」と書かれていて、緊張感がある。CDに入ってるブラヴォーが鬱陶しいんですけど、初めてその声に共感した感じ。
>音楽の感動はオーケストラと客席の間にこそ発生する
夜に誰もいない寺や神社にいくと霊感が発生するようなものですね(どうしてもオカルトに持っていきたい今日この頃なんですが)。

35 名前:bunta 2004/04/25 22:34
私は、オーディオのハードが大好きです

36 名前:シンディ 2006/05/21 09:39
杉ちゃんさん、こんにちは。
他のスレッドで、初代ブリロンを薦められているのを見て、センスのある方だなぁと感心しました(笑)。私もあのSP大好きです。

ところで、「最近感じた事・・・」の感想ですが、基本的に趣味は個人の自由なので、どんなサウンドを追求しようが勝手ですが、私個人が、引っかかるのは、あまりにもオーディオ誌に影響されている方が、多いのではないかといことです。その方自身の価値尺度が、完全に借り物だとわかったとたん、音は大体想像できてしまいます。ただ、価値尺度といっても、恣意に基ずく主観100%も困ります。そのような方は単なる好き嫌いの問題を、理屈をこねて自己正当化しようとすることが多くて、よほど劣等感にさいなまれてるのかなと感繰りたくなるほどです。

逆に、音楽ではなく、純粋なサウンドマニアのシステムなら、聴いてみたいですね。たとえば、生録してきた滝の音の臨場感を追求というのも、りっぱなオーディオだと思います。

でも私はやっぱり、よりよい音楽表現、たぶん、アーティストはこう表現したかったんだ!と新しい発見ができて、感動できるオーディオシステムを追求したいですね。

37 名前:Dr杉ちゃん 2004/04/26 23:17
シンディさん、お褒めにあずかりありがとう御座います。Brilon
1.0は、使ってみたいSPの一つでした。特に、あの小さいエンクロージャから想像も出来ないような低音が出るのには驚きであう。デザインも洒落ておりますし、小型SPでは名機でしょう。

さて、「最近感じた事・・・」への意見を拝見しまして、私の書き込みが少々書き込み過ぎたきらいがありました。
確かに、自然の音をオーディオで忠実に再生するサウンドエフェクター
もオーディオの一つであることは間違いないように思います。なにせ、ピュアーオーディオの基となったムービーにおけるサウンドはまさしく
サウンドエフェクターそのものですね。
ただし、サウンドエフェクター再生を信念を持ってやってられる方は良いのですが、ステレオ雑誌等からの受け売りでやられる方はチョットねぇ〜と考えたくなるのです。

38 名前:シンディ 2006/05/21 09:42
Dr杉ちゃんさん。お返事ありがとうございます。
日本人は本当にマスコミに弱いですね。自分の価値観が、知らないうちにコントロールされている。まさに雑誌の広告主の思う壺。メディアリテラシーなんて言葉も知らない人も多いし、、

最近、中山美穂の98年の作品、2枚をよく聴いています。中古CD屋さんで、200円でたたき売られていたのを、カンで買ってきました。日本のアイドル系女性アーティストは10年ぐらいで、音楽的に熟成する場合が多いのですが、その頃になるとルックスが衰えていくのを期に急速に売れなくなり、活動をやめる事が多いのが残念です。
私は”ミポリン”のファンではありませんが、いまどきのアーティスト然した、女性アーティストの作品に比べると、遥かに完成度が高くて、楽しめます。
こういった隠れた名盤が多いのも、オーディオ界と同じですね。
やっぱり、長い物に巻かれる、のが、日本人は好き?!。

39 名前:Dr杉ちゃん 2004/04/30 13:29
シンディさん、こんにちは、連休祝日出勤の哀れな杉ちゃんです。
さて、日本人ほど体制に弱いと言うか、型に嵌め易い人種もいない
とは、かのマッカーサー占領軍(古いなぁ)司令官が日本人を評し
た言葉だと記憶しております。
これは、アメリカやヨーロッパのように多民族国家でないのと、征
服されたことにない人種だからかも知れません。
ですから、オーディオ雑誌の権威ある?評論家が○×、SPに、△
□、AMPを使うのはセオリーであるとかなんとか書くと、殆どの
人は(特に自称オーディオマニア)何の疑問も持たずに、その高級
装置を買っちゃうのですよ(笑)
そこには、個人のセンスとか考えなんて無く、評論家先生が言った
言葉をそのまま自分が考察したごとく知ったか君で、オーディオ店
に風潮し、さすがと思わせる・・・・。
この辺は、ちょっと毒舌過ぎる感がしますが、オーディオマニアが
頼りにする本に、なるほどと言う書き込みがあります。立ち読みで
確認されたら如何でしょう(この本は購入するほどでは有りません)
購入されるのなら、新潮選書から出ている「音楽はなぜ人を幸せに
するのか」みつとみ俊郎著をお薦めします。
ああああ・・・お話が長くなりますね、ミポリンの話もありますが
、心おきなく書き込みたいと思いますので、さしさわりなければ、
Eメールを入れてくれませんか?

40 名前:tukipie 2005/02/16 23:56
すごい懐かしいスレッド
あの秋は一人でフィーバーしてた
>ケンジさん
ありがとう

41 名前:tukipie 2005/02/18 00:01
今日は東京芸術劇場にチャイコフスキーの第四番を聴きに行ってきた(当日券)。第四楽章に感動した。自分のオーディオではただのうるさい楽章だった。速攻消してたし。でもあんなにスピード感と迫力のある曲だとは知らなんだ。ラザレフ指揮、読売日本交響楽団。すごくうまかった。ぴたっと合っていた。
自分の席は落ち着くというのはあるけど、空いてる席を見つけたら移動する。(「まだそういうのが許される年齢だ」)。いい席で聴いた。あの席の音響はすばらしかった。三階席の後ろの方の醸成された音も好きだけど側面の三階席は一階席ほど直接的でもなく距離を置いての力感を感じられた。一階席ほど天上への広がりは感じられないけど位置が高い分、空気がぶ厚い。あーまた聴きたくなってきた。

42 名前:tukipie 2005/02/18 00:08
音のよさもあるけどそれ以上に、芸術の一回性、指揮者や楽団のプラーナというものがある。マデトヤの交響曲、アルヴェーンのスウェーデン狂詩曲、ルーセルのエネアス等になると一生に一度聴く機会があるかないかだけど、今日のような感動は家の中では得がたい。エスパーじゃないのだから。

43 名前:感し 2013/02/09 23:44
>>7
> >体辛い音楽はあまり聞かなくなります。
> ですね。また反対に、僕はNautilusでクリスタルケイとか女性ヴォーカルのよさを知りました。「ラジカセの普及が世界の音楽感性を低下させた」と言っている人がいたけどそうではなくて音楽感性を向上させるのがオーディオです。POPSに対する鈍い感性を、Nautilusのポテンシャルが通常レベルまで導いてくれた感じだ。
> >ハマる音楽がない時は「耳心地の良い楽曲」の方に片寄ってしまう
> 音楽が枯渇してしまわないよう発掘しつづけることも大切ですね。森の中を彷徨うように知らない世界で溢れているのだから。
> >自分もスピーカーで鳴らした音の感動と、純粋に音楽への感動がごっちゃになってる気がします。
> 僕もオーディオのことを考えている時点で、「純粋に音楽を聞く」というのとはまた別の領域でオーディオが存在しているのかもしれません。どうも純粋に音楽に感動してもオーディオに感動しているような。口ではわかっていても同価に捉えるのはなかなか難しいです。


44 名前:tukipie 2013/02/11 20:50
懐かしいスレッドがあがっているからここに書くね

オーディオフェスタに行ってすごくいい試供品をもらった
OPSOLU(オプソル)というメーカーの端子クリン
RCAピンジャック用と、電源コンセント&プラグ用のもの
試供品としては最高ランクじゃないだろうか

なにがすごいかというと今まで盲点だったメス側の穴が掃除できる
しかも端子クリンはHARD PVC製で安いし絶縁体だから安全。クリーニング液も使わない
(嵌め合いが硬めなので力入れすぎて端子を壊すことには要注意)

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壁コンや電源ボックスに差してくねくねとクリーニングすると端子クリンは黒くなった。
今までにこんなにも汚れていたのかと思った。RCA端子の穴の中も初めて掃除できた。気分よかった。

http://search.yahoo.co.jp/search?p=OPSOLU
OPSOLU製品 - イカワテクノロジー株式会社

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