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2 名前:つきピエンテオス 2010/05/11 19:49
神棚に鏡が立てられているのは、人は神に関与するよりまず、内面の表れである自分の姿を見てからにせよということである。
神としてもなんでもかんでも与えては人は退化して滅ぶだろうし、合理的に阻むことで余計な仕事を減らすことにもなるからである。
内面が自分の姿をどう捉えるかは、姿はおおかた自分の内面の正直な表れであるので、捉えられたものはおおかた正直である。
答えもなく宇宙を上下しながら、正しい定義もなく鏡と自己は恣意的にシンクロする。正直にそれ(實體)を受け止められるかどうか。
整形をしても毎日顔は変わる。その答えと定義は一昨日昨日今日と変容するうちに析出し 補正されるものである。
かわいいとはいったいなんであろうか。なんでかわいい時期にしか、かわいい顔はないのか。
奇矯とは一体何であろうか。ひょっとこのように寄った目つきは、一体何処から生まれてきたものであろうか。

Ω 人の悪口を言う自分の顔を見よ。それは人が見ている君の姿だから。
Ω 相容れない価値をあざ笑う自分の顔を見よ。はてそのバランス感覚は良いものか。
Ω 匿名に潜み誹謗中傷を行ってる最中にふとモニタに映る自分の顔をこそ見よ。マホカンタを唱えられた気分になるでしょう。
Ω その時に省みることのどうしてもできなかった人は、最後、驕りつづけ、悦に入りつづけた結果の顔を見よ。
  生涯忘れられない顔をしているよ。

― 拝殿に訪れる君は、ここにいる私に向かって神頼みをしているが、神である私が聞いてくれるような所作を君はしているか。―
― 君は高校生のようにはたして、携帯の黒画面に反映する自分に つい吸い込まれるほどに 可愛らしい容貌をしているか。―

人間の定義

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