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さとりのしょ
41 名前:ナナシンクロニシティ 2009/08/15 22:17
厭世に頷首すれば…信じられるものといえば絶望的な前途。
悪魔に頷首すれば…ハイなときはよくても途端に欝になる。
靈性は信仰する対象の影響を受ける。
仏に向かうか仏を名乗る未完聖人に従うか。
徳のないものに頷首すれば喜んでついてきてしまう。
その世界で「神」とされているものの愛情の基盤になっているものがあははうふふ撃退的なルサンチだとしたら、愛情に満ちている高いときは慈悲深くても愛情が欠けて低くなると途端に罪着せたがりになるとか考えられる。
仏閣でも開祖の人は聖人であっても、三代四代になって格式が保てなくなってくるところがある。普通にその高すぎるレベルを保てないってだけならいいんだけどね。でもどっかの新興宗教みたく、二代目で体質が変にセクト的になるってところは、もとがたいしたことなかったんだと思う。あるいはそういう階層にて高みに至ってたんでしょう。いずれカルト臭を釀してくる。
同調すれば霊性はそのとおりになっていく。何に同調するのかが人格を決定付けている。創価に同調すれば創価的な審美眼しか得られないし、低俗な論理に同調すれば低俗な宗教観しか得られないだろう。
ゆえに涅槃の完成されているところにしか回向(エコー)しないほうがいい。変なやつはつかず離れずがいい。低い階層が依然霊障に満ちていると、それが連鎖してこちらが業を負ってしまう。なまじ親切にしてはいけない。『超バカの壁』
徳のあるものに付き従えばこちらの徳性も階層的に明るくなる。よい波紋を広げていこう。そういうのは当たり前すぎてわからないぐらい。自然だから。

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