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さとりのしょ
464 名前:ナナシンクロニシティ 2016/07/08 16:02
宗教団体は、自分達の宗教以外に救われる道はないと思い始めると話が変わってくる。自分達に都合の良い人が「素直」になる。リーダーからお願いされたことにたいして「はい!」と答えないとその人は我を持っている事にされる。従わなければ自ら道を閉ざす事になるとしたら、やがて世界中の人が信者にならなくては成り立たなくなってしまう。「うちの宗教は全宗教を統一するの、全宗教を統一し終えたらうちの宗教団体は無くなるのよ、だからよくある『宗教団体のための宗教団体』ではないの」。その支配欲と排他性はどこから来てるのだろう。
自分が良いことを勧めて相手が聞かないと信仰の強度に比例してどんどんフラストレーションが吹き溜まってゆくのは誰でも同じだが (そもそもなにかを勧められてストレスにならない人はいない)(また逆に他人をコントロールする願望の強い人ほど怒りやすいらしい)、宗教団体はそこで完結した世界が出来上がっているから、素直に従わない人物は裏切り者のユダになりやすい。教えが絶対的に正しい。人の自由意志に我慢ならない (そういった側面に付け込む信者もいる)。普通、相手にとってお節介とかマイナスになっているのなら考え直すべきところ、循環論形式で完結した世界が幸福のすべてになっていると、それ以外の選択肢はなくなる。離れていった人は皆、中途半端な奉仕になった事を後悔しているのである。仕事が続かない。離婚をしている。そのような願望については、教えや同じ方向を向いている仲間によって正当化されているから修正が効かない。宗教をやる人は人間に興味がある。面白くて笑いの止まらない噂話やそれらしい人物批評、予測の誘導を疑えるような洞見や精神力を持つ人は信者の中にはいないだろう。根回しされていても気づく気配がない。急に態度が変わる。噂の当事者には「あぁそういう風に持っていかれてるんだ」と間接的にわかってくるものだが。… 奉仕が絶対量の問題ではないのなら、初めから関わらないほうが良かったことになる。
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環境問題と同じで、奉仕は絶対量の問題。その物理原則を壊すのは人間の観念。「ある一つの事が出来ないと、すべての事はパーになってしまうの」。どこの宗教団体でもそう言う。ある一つの事が出来なくてもそれ以外のことが出来たのなら、それに応じた果報がある、と考えるのが普通だけど、そう言ってしまうとその人は留まってくれない不安がある。環境問題で考えるのなら、ある一つの事が出来なくて地球が滅んでしまったら、たしかに地球を守るという大局的な目的はパーになっている。でもやった分だけの果報はある。たとえば少しでも農薬を撒かなかったのなら、その土壌の細菌類や虫などは、その分苦しまないで済んでいる。

宗教団体を離れると不幸になる。神様仏様が罰を与えないのなら、信者の生き霊が原因だろう。「メシアをお証しされた人は、ルシファーにずっと狙われる事になるの」。いやいや、あなたがたにずっと狙われる事になるんですよ。なにか怪我したり身の上に不幸が起きたとき「火の神様にご無礼があったから」とお話する講師様は、本当に純粋だなと思うけど、それに向かって感動的な振る舞いでスタンドアップして大きな拍手を延々と手向ける人は怪しい。多数論証で事実にしたいのだろう。そのような講師様のような考え方をしていない人が奉仕を欠席すると、ご本尊に向かって「あの方は○○様のご意思とは関わりのない、自・分・の・世・界・を! 生きているみたいです」などと念じられる。身の修養を為されていないと物事を正しく見ることが出来ないと教祖様も言ってみえる。あの方は、奉 仕 を し て い な い か ら そのような見え方になるのである。

三班の班長の○○様は総合責任者になりました。お願い申し上げます。とモラハラの信者からは毎回遠回しの誘いが来る。僕が班長にならなければ会が成り立たないようだ。モラハラはパワハラと違い、隠蔽により成り立つので、常に間接的な陥穽が設けられる(相手の被害妄想により成り立つように出来ている)。その習慣・習性により、そのような誘い方になるのだろう。また何故かその人と同じ班になっている。「有馬君のことは私が面倒を見ます」。宗教団体やボランティア団体はモラルハラスメントの温床になりやすい。作為的に班を決めたらいけない。常に身近にいる。その会に出れば毎回いやらしい事を言われる。僕が作業している近辺で大きな事件が起こる。

前回参加した時は、僕が掃除をした側溝の蓋に躓いて佐藤様が「大怪我を」しそうになった。モラハラがなにか騒いでいるので「誰か怪我をしそうになったのですか?」と佐藤様に聞いたら「いや?」と答えていたが。側溝の蓋は老朽化でグラついている。その側溝の蓋の方に「僕はもう歩けないんです((笑))」と人を誘導してゴミ袋を運ばせていたから違和感を感じていたのだが、そういう事だった。その「おおごとになる所だった」事件は後で管長様に反省会の時に伝えられている。

誘いを断ると豹変する。舞踊部総会の司会を断れば裏で勝手に「地区の幹事」に登録されている。そういう事をさせたい。本人に許可なく勝手に名前があがる事例にたいし「え!?私もですよ」。職場のロッカーから財布のお金を引き抜いている人も同じ盗難被害に遭っていた。「びっくりしましたよ」。自己保存の欲求が入ると策の練り方も高度化する。「マグネットを付けたまま塗装に廻さないで下さいね」「塗装の人間にパクられるから」「今年に入ってから多いから一応注意している」。冤罪で犯罪者に仕立て上げられている人が犯罪者然としてくるのが不思議であった。かといって誘いを社交辞令でやんわりと断れば「はい、そういう事に興味があると言ってみえました」。

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