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さとりのしょ
541 名前:ナナシンクロニシティ 2019/01/07 01:19
また一畑山から帰ると元気を無くした。呪いの念を背負う。根回ししている人がいるから。正月の奉仕をしに行った朝、K様に駐車場で「それは親の車?」と聞かれ、○○さんに「違うよね」とフォローされたあと「みんなそう言ってるよ。親に借りてると」と気さくに言われた。人の家の事や、人の乗ってる車が一体なんだと言うのだろう。風当たりの強い人が多い。あの人の身近な人は変化が大きい。また、K様も人を疑うことを人生経験や知恵と自負している(その逆は比率的に小さすぎる)。今回はおみくじコーナーの5000円が無くなっていて疑いをかけられた。それは数名お客様の10000円札の両替で使ったと僕が言ったが、一度疑ったら結論・証拠が出るまで疑いつづけるのが知能の仕組みにある。アイツだ!!と年の功である嗅覚を肯定したい。それは自慢話や噂話など都合の良く出来上がってゆく宗教的な知能の仕組みと同じ。形成された自己評価をこの歳になってから正しく認知し直すのは困難。察知したことに対して結論づけが行われないと合点がいかない。相手にとって都合の良い「盗んでいない」という結論に至るのは、自分の勘、若輩者にはわからないその崇高な人生経験を納得させられない気持ちを伴う。だから、都市を重ねれば重ねるほど、盗んでいないとならないのだ。反面教師にしよう。
牛田神社で奉仕をしても何も負わなかった。とても清々しくなった。あのお寺に行く時は元気を無くすこと前提で行く。宗教の信者にたいしてはマホカンタを唱えたくて仕方ない。

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