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ドラゴンズ関連
12 名前:ナナシンクロニシティ 2004/10/26 13:02
竜50年ぶりの悲願ならず 2004年日本シリーズ第7戦(スポーツ報知)

 感謝と懺悔(ざんげ)の気持ちだった。セレモニーの終了後、落合監督が右翼スタンドへ向かって歩き出した。チームが一列に並ぶのを待ち、スタンドに向かって帽子を取り、深々と頭を下げた。「最後まで残ってくれて、あれが礼儀でしょ。選手は約束を果たしてくれたけど、監督が約束を果たせなかったことがすべて。勝負ごとに負けて悔しくない人間はいないよ」自分の悔しさは押し殺し、ファンへ最後のけじめをつけた。敗軍の将へ温かい「落合コール」が降り注いだ。

  1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
西武 0 0 5 0 0 1 1 0 0 7
中日 0 0 0 0 0 0 0 0 2 2
[勝]石井貴 2試合2勝
[敗]ドミンゴ 2試合1敗
[本]カブレラ3号2ラン(山井・3回)、平尾1号(平井・7回)

 144試合かけて築き上げてきたものが、たった1イニングで崩壊した。3回、ボークが絡んで先制点を許すと、名手・井端の失策も飛び出して3点目を献上。慌てて指揮官がドミンゴから中3日の山井にスイッチしたが、直後、カブレラに勝負を決める2ランを浴びた。「勝負どころを見誤った。シリーズ7戦を通じてそうだった」と、オレ流監督は悔やんだが後の祭り。鉄壁の守備陣が、今年最大の大一番で自滅してしまった。
 昨年10月8日、監督就任会見で「セ・リーグを制して、日本一になる」と宣言。東京の自宅の仏壇には「リーグ優勝 日本一」と今年の目標を記した封筒が供えられている。色紙に好きな言葉を添えるときは、迷わず「日本一」と書いた。望んでやまない勲章。3冠王に3度輝くなど、打撃タイトルを総なめにした現役時代に、しかし、その称号とは不思議と縁遠かった。
 選手で3度経験した日本シリーズで、残した打点はわずか1。94年、FA移籍した巨人で唯一頂点を極めているが、自身はリーグV決定戦で左足内転筋を断裂したため、わずか1試合の出場に終わった。初出場の88年は、中日の主砲として打点を挙げられずに敗退。第5戦で西武の日本一を決めるサヨナラ打を放ったのが、伊東監督だった。「4番で負けた…」と、涙してから続いた苦い記憶…。17年越しの因縁対決でも、結局、リベンジを果たすことはできなかった。(橋本 純己)

◆名古屋のファンV逸記念ダイブ
 名古屋市中区の中日ビル1階に設置された37インチワイドテレビの前には1000人以上の中日ファンが観戦、悲願の日本一の夢は実らなかった。敗戦の瞬間は悲鳴とため息がもれたが、直後には大きな拍手が。「よかったぞー、ドラゴンズ!」と、最後はねぎらいの声が響いた。興奮した一部のファンが胴上げや応援歌を熱唱したが、大きな混乱もなし。また、リーグ優勝時に飛び込みが相次いだセントラル公園の噴水には警官約40人が警戒したが、数人のファンが飛び込んだ。

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