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『パイドン』
17
名前:
パイドン
2006/12/17 19:08
では申しましょう。じつは、その場に居合わせて私は驚くべき感情を味わったのです。というのは、親しい人の死に立ち会っているというのに、私は悲しみの気持に襲われなかったのです。なぜなら、エケクラテス、あの方はその態度においても言葉においても幸福そうに私には見えたからなのです。ほんとうに、なんと恐れなき高貴なご最期であったことでしょうか。そこで私はこう思いました。この方ならば、神のご配慮なしにハデスの国へ行くことはないだろうし、またその国へ着いてからも、いやしくもそこにだれか幸福な人がいるとすれば、この方こそがその人であろう、と。こういうわけで、不幸に立ち会っている者にとっては当然起こってよさそうな悲しみの気持が、私にはほとんど起こらなかったのです。だが、そうだからと言って、私たちは哲学しているのだと思っても――じっさい、そのときの言論は哲学的なものであったのですが――そういうときにいつもは感ずる愉しい気持も起こりませんでした。いや、まったくなにか奇妙な感情に私はずっととらえられていたのです。あの方は間もなく亡くなられるということを私は考えていたのですが、その私を襲ったのは、喜びと苦しみの入り混じった、今までに経験したことのない感情でした。そして、その場に居合わせた人々はみなほとんど同じような有り様でした。あるときは笑い、あるときは泣いたりして。われわれの仲間の一人のアポロドロスはとくにそうでした。多分、ご存知でしょうね、あの人のことは、またその性格も。
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sage
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>>17 > では申しましょう。じつは、その場に居合わせて私は驚くべき感情を味わったのです。というのは、親しい人の死に立ち会っているというのに、私は悲しみの気持に襲われなかったのです。なぜなら、エケクラテス、あの方はその態度においても言葉においても幸福そうに私には見えたからなのです。ほんとうに、なんと恐れなき高貴なご最期であったことでしょうか。そこで私はこう思いました。この方ならば、神のご配慮なしにハデスの国へ行くことはないだろうし、またその国へ着いてからも、いやしくもそこにだれか幸福な人がいるとすれば、この方こそがその人であろう、と。こういうわけで、不幸に立ち会っている者にとっては当然起こってよさそうな悲しみの気持が、私にはほとんど起こらなかったのです。だが、そうだからと言って、私たちは哲学しているのだと思っても――じっさい、そのときの言論は哲学的なものであったのですが――そういうときにいつもは感ずる愉しい気持も起こりませんでした。いや、まったくなにか奇妙な感情に私はずっととらえられていたのです。あの方は間もなく亡くなられるということを私は考えていたのですが、その私を襲ったのは、喜びと苦しみの入り混じった、今までに経験したことのない感情でした。そして、その場に居合わせた人々はみなほとんど同じような有り様でした。あるときは笑い、あるときは泣いたりして。われわれの仲間の一人のアポロドロスはとくにそうでした。多分、ご存知でしょうね、あの人のことは、またその性格も。
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