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『パイドン』
37 名前:パイドン 2006/12/17 20:06
「そうだと思います」とケベスは答えました。
「それなら、君にしたって、君の所有物の一つが、君がそれの死を望むという意思表示もしていないのに、自分自身を殺すとなれば、それに対して腹を立て、もしなにか処罰の手段をもっていれば、処刑するだろう」
「まったくです」
「では、その意味では、おそらく、現にわれわれの眼前にあるような何らかの必然を神が送りたもうまでは、自分自身を殺してはいけない、ということは、根拠のないことではない」
「そうです、その点はたしかにそのように思われます」とケベスは言いました。「しかし、今しがたあなたが言われたこと、つまり、哲学者は喜んで死のうとするという点は、ソクラテス、こちらの方は理屈に合わないことのように思われます。もしも、今しがたわれわれが話し合っていたこと、すなわち、神はわれわれを配慮する方であり、われわれは神の所有物である、という説が充分根拠をもっているとすればですね。なぜなら、もっとも思慮のある者(哲学者)たちが、存在するもののうちで最善の監督者である神がかれらを監督してくれている、その配慮のうちから立ち去るというのに、憤慨しないというのは理屈に合わないからです。というのは、かれは、自由の身になれば、自分で自分自身をより良く配慮するだろうとは思わないからです。いや、無思慮な人ならばそういうことを考えるかもしれません。主人からは逃亡すべきである、と。そして、善い主人からは逃亡すべきではなく、むしろ、できるだけかれのもとに留まるべきである、とは考えないでしょう。こうして、かれは無考えに脱走するでしょう。しかし、思慮分別のある人は自分自身より優れた方のもとにいつも居ようと望むでしょう。だが、そうであれば、ソクラテス、今しがた言われたこととは反対のことが、道理にかなったことなのです。すなわち、思慮のある者たちの方が死に際して憤慨し、無思慮な者たちの方が歓喜する、というのがふさわしいのです」

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