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『方法序説』
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名前:
ナナシンクロニシティ
2006/12/20 01:00
わたしの思想を伝えることで、ほかの人びとが受けるだろう利益についていえば、これもまたたいしたものではありえない。なぜかというと、わたしはそれらの思想をまだそんなに深く進めてはいないので、実地に応用するまえに、なおたくさんのことを付け加える必要があるからだ。そしてもしそれをできる者がいるとすれば、それはほかならぬこのわたしであるはずだ、と自惚れることなく言うことができると思う。それはこの世に、自分とは比べものにならないほどすぐれた精神の持ち主がそう大勢いるはずがないということではなく、ほかの人から学ぶ場合には、自分自身で発見する場合ほどはっきりものを捉えることができず、またそれを自分のものとすることができないからである。これは、こうした問題においてはきわめて真実であって、わたしは自分の見解のいくつかを、ひじょうにすぐれた精神の持ち主に説明したことが幾度もあるが、かれらはわたしが話している間はきわめて判明に理解したように見えたにもかくぁらず、それをかれらがもう一度述べる段になると、ほとんどいつも、もはやわたしの意見だと認めることができないほど変えてしまっていることに気がついたのである。なおこの機会に後世の人たちに、わたし自身が公表したものでなければ、わたしの意見だとほかの人が言っても、けっして信じないようにお願いしておきたい。そして書いたものが伝わっていない、あの古代の哲学者たちすべてに、もろもろの常軌を逸した言動があったとされているが、わたしは少しも驚かないし、まただからといってかれらの思想がひどく非理性的だったとは判断しない。この哲学者たちもその時代のもっともすぐれた精神の持ち主だったことから見て、ただかれらの思想が正しく伝えられてこなかったのだと判断するだけである。
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